昨今、注目を集める越境人材。人的資本経営の観点からも重要な要素と捉えられつつ、実践には腰が重くなる組織が多い中で、NPO法人ETIC.のプロジェクトの一つであるand beyondカンパニー(以下aBC)では、越境人材の育成をテーマとする「Beyondワーク」*が推進されています。「人々が組織の壁を越えて活躍するには、失敗しても大丈夫と思える安心感、個人の挑戦が応援される環境が大切なのではないか」。越境人材の育成に向け、Beyondワークに取り組むETIC.の北川幸子さん、小泉愛子さんにお話を伺いました。
*Beyondワーク
組織の壁を越えて活躍する越境人材を育むために、他の組織で一定期間働くというコンセプトのプロジェクト。現在の所属とは異なる組織で働くこと全般を指している。出向やボランティアなどさまざまな形態があり、期間の長さや有償・無償は問わない。

個人の挑戦を応援する「実験基地」という発想
――はじめに、aBCでなぜ越境人材に着目することになったかについて教えてください。
小泉:まず、ETIC.について少しご説明しますね。ETIC.は、1993年に早稲田大学の学生団体から始まったNPO法人です。企業に就職するのが一般的な時代に、「起業」という生き方があると声をあげ、経営者と学生が集まり、日本で初めての長期実践型インターンシップを開始したのが始まりです。
北川:aBCは、ETIC.が運営事務局をしているバーチャルカンパニーで、その前身となったのは2020 and Beyondというフラグシッププロジェクトです。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、ヒューマンレガシーをつくっていこうと、2016年ごろから活動していました。その時のイベントに参加された企業の方々が、若い人の発想やアイデアに触発されることを経験し、こういった、今ある組織体を越えたところで関わりをもてるプラットフォームがほしい、という要望が出てきたんです。

左手から北川幸子さん、小泉愛子さん
――プラットフォームとは、外からの声を拾えるオープンな場、というイメージでしょうか。
北川:外からの声を拾うというよりは、内的なものを出していくための場ですね。組織の枠を飛び越えて、それぞれが自由に発信できる場、といったイメージです。
小泉:組織という枠があると、事業や役割もあるので自由に発信をしたり、動いたりがしづらいですよね。その状況に対して、組織を越えた実験基地のような場所があるといいのでは、という発想です。わたしたちは「出島」というモチーフをよく使うのですが、所属組織以外に実験の場をもつことで失敗も許容されやすく、個人の挑戦を応援できるのではないか、と考えて発足したのがaBCというバーチャルカンパニーで、その存在自体が実験の一つとなっている状態です。
――バーチャルカンパニーとは、どういった組織の方々が参加されているのでしょうか?
北川:運輸業、金融業、製薬会社や食品メーカーなどさまざまな業種の企業の方や、最近では行政や財団も加わり、多様化しています。
小泉:参加される方も、新卒2〜3年目の若手の方から、役職者の方まで幅広いですね。aBCではいろいろなプロジェクトが同時並行で動いていて、どのタイミングからでも、興味があれば誰でも入れるようにオープンになっています。
北川:最初はaBCを介して関わっていた方々が、aBCの外でつながるということもありますね。
共創の場に踏み入れることが、マインドセットに変化をもたらす
北川:aBCのプロジェクトは、それぞれETIC.のメンバーが並走する形で進行されていますが、わたしは一つのプロジェクトではなく、運営事務局としてaBC全体を見ている立場です。その視点から感じるのは、一つ一つのプロジェクトを通して成果や経験が得られるのはもちろん、それ以前に、参加者の方々が共創の場に一歩踏み入れること、それ自体が引き起こす変化があるということです。
参加してすぐの方の中には、社会課題に関心はあるものの、自分が解決するものというイメージにはなっていない方もいます。それが、aBC内での会話やフィールドワークが着火剤となり、自分のやりたかったこととつながりが見えてきたり、組織の中ではできないと思い込んでいたところから、これをみんなで変えていきたい、組織も変えていきたいという変革者に変わっていくんです。最初は所属組織から送り出され、「〇〇社の△△です」といった具合に社名という看板を大きく背負っていた状態が、徐々に所属組織よりも、自分主体という意識が大きくなっていくような感じですね。
小泉:aBCではプロジェクトのプロセスもオープンにしています。外から見ているとすごそうだな、と思っていたプロジェクトも、プロセスを追うことで途中の戸惑っている場面なども見えてくるので、自分もできそうと感じる。こんな時どうしたらいいのか、と困ったときにも他のプロジェクトを参考にすることで自分自身の選択肢を増やせるので、そのことが参加者のマインドセットにポジティブな変化をもたらすのかもしれません。
やりたいことが組織に認められると、ウェルビーイングが高まる

小泉愛子さん
――aBCでは、越境人材の育成に関して「Beyondワーク」という言葉を使われていますが、複数の企業が参画する中で、具体的にはどのようなプロジェクトがあるのでしょうか?
小泉:そうですね。例えば「たすき掛け」という、社長を交換しようというプロジェクトがあります。Aの社員がBの社長に提案、Bの社員がAの社長に提案、ということを実験的に行っています。自社の常識にとらわれていたり、若手の意見が組織の構造上否定されがちになるところを、その縛りがなければ、アイデアが通る経験ができるのではないか、という実験です。ただ、そのプロジェクトの場では「挑戦と応援が大事」というマインドセットで進められるのですが、オフィスに戻ると応援モードがなかなか続かないという話もでたりします。挑戦する人を増やすには、挑戦する側だけでなく、応援する側を増やすことも大事だ、という気づきがありました。参加者からも、社長の交換だけでなく、組織文化の交換で、自社の常識・非常識に気づく状態を継続したい、とおっしゃっていただいています。
Beyondワークの狙いとしては、個人が自発的に組織提案をしていくきっかけになったり、この会社は個々人のやりたいことを応援してくれる会社なんだというエンゲージメントを醸成できるのではないかという仮説があります。自分のやりたいことが組織に認められると、ウェルビーイングが高まると思うんです。それこそが、良い組織文化なのではと思っています。

北川幸子さん
Beyondワークには、主所属へのロイヤルティを高める効果も
――Beyondワークによって、個人にとってだけではなく、元々の所属組織へ還元される良さはあるのでしょうか?
小泉:元々いる組織へのロイヤルティがあがる、ということはあると思います。ちょうど、海外留学をすると日本の良さに改めて気づくということと似た感じかもしれません。
自社だけで働いていると良くない部分がすごく見えてしまうけれど、例えば、社員の年齢層が低めの別会社で過ごしてから、20代から60代まで幅広い年齢の社員がいる自社に戻った際に、自社の知識の多様性に気づかされたとおっしゃった方がいました。外を知ることで自社のリソースに改めて目が向き、そこに価値を感じるきっかけにもなっているようです。
北川:やっぱり、その人自身が変わるというのが、主所属組織で動くときのモチベーションに影響しているというのも感じますね。自分の役割の幅が広がることで、戻った時に組織の中で無意識に諦めていただけで自分ができることの可能性に気づく、というのもあると思います。
必要なのは、個人の柔軟性と安心できる環境
――最後に、Beyondワークがより広がるために必要だと思うことを教えてください。
小泉:腰が重い人をどうみるかですね。自分のこだわりが強くて次に進めない、という人には、周りが応援してくれる環境があるといいんだろうなと思います。あと、人生の楽しみ方にいろんな軸があるよね、ということがもっと語られるようになると、Beyondワークの別の良い面が見えてきそうな気がしています。
北川:安心感もあるのだと思います。心理的安全性ですね。今いる場所ではないところに行く、でもそこにもクッションがあるから大丈夫、という感じです。組織に入ると、どうしてもそこにフィットしようとしますよね。その形にハマらなければ、という努力はするけれども、一回その形を獲得した後に、別の形に変えていくという動き方もあると思うんです。自分の中の伸縮性に気づいて、さらに動いていく先の安全性があれば、人はどんどん越境していくのだと思います。
――昨今、人的資本や越境人材には注目が集まっていますが、一方で、人事にも大きく影響することなので、一歩踏み出せない個人や企業も多いと思います。Beyondワークのように、軽やかに、失敗してもいいからやってみようという実験の場があること自体、心理的安全性につながりそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
