千葉大学 環境健康フィールド科学センターの宮崎良文名誉教授・グランドフェロー(医学博士)と池井晴美特任助教(博士〔農学〕)に、世界から注目されている「自然セラピー研究」とその効果についてお聞きしました。

森林浴がもたらす「生体調整効果」と「継続効果」
━━2018年に宮崎先生が執筆された「森林浴(Shinrin-Yoku)」は、日本を含め17カ国で出版されるほど世界から注目されました。「森林浴」「森林セラピー」という言葉は、どのように使い分けをされているのでしょうか。

宮崎良文氏
宮崎:森林浴は、1982年に秋山智英氏(当時の林野庁長官)によって提唱された言葉です。私たちは2003年から、「科学的データ裏付けのある森林浴」という意味合いで、英語で発音もしやすい「森林セラピー(Forest Therapy)」*という言葉を作って、研究発表をしてきました。ところが、その15年後に「Shinrin-yoku」ブームが起きました。Shinrin-yokuという言葉のほうが、東洋的で神秘的だということのようで、英国の出版社からのオファーを受けて、そのタイトルで執筆することになりました。
*「森林セラピー」は、現在は特定非営利活動法人森林セラピーソサエティの登録商標。

「森林浴 Shinrin-yoku」(著者:宮崎良文)
━━森林が、身体にもたらすセラピー効果とは、簡単にいうと、どのようなものでしょうか。
宮崎:森林セラピーには、生体を整える効果があるという発見です。例えば、6時間の森林セラピープログラム実験では、血圧の高い人(かつ血圧を下げる薬を投与されていない人)が森の中で歩いたり、寝転がったりなどさまざまなアクティビティを行うと、血圧が下がるという結果が得られ、そのセラピーの効果は、実験直後だけでなく、日常生活に戻った3日後、5日後まで持続しました。また、ほかの実験でわかっていることは、全員一律に血圧が下がるのではなく、もともと血圧が低い人は森林セラピーを通じて血圧が上がり、それぞれの人が「適正値」に向かっていくということでした。このことを「生体調整効果」と名付けました。
自然がもたらす「生体調整効果」は、どちらか一方に数値を動かすのではなく、個人のコンディションによって適正値に向かって動かすのです。このことは全体の平均値で見ているとわからないのですが、個人差に注目すると見えてくることです。森林セラピー時の「血圧」に加えて、バラの花を見たときの「交感神経活動」でも実証されています。

森林セラピー実験(2015年)
━━森林セラピー分野では、共同研究や事業展開も行われているのでしょうか。
アメリカのF・ウィリアムズは2012年に私たちが青森県で実施した実験に参加した後、8カ国20人以上の研究者への取材をまとめ、2017年に「NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる」という本を出版しました。韓国では友人のWon Sop Shin教授が、2013年から2017年まで韓国山林庁長官として、「国立山林治癒院」の設立に尽力されました。そのほか、ハーバード大学医学部の健康・地球環境センター長や、フィンランド森林研究所所長からも医学部との研究融合について相談を受けました。世界中から、森林セラピー研究の必要性は伝わってきていますので、今後も研究を通じて、普及に努めたいと思っています。
ベースラインの鎮静化がもとめられている
━━いま、自然の中での「ワーケーション」や、「ウェルビーイング研修」が注目されています。さきほどの実験のように都市部から離れて数日じっくり森林浴をすることと、数分でも毎日公園やベランダの自然に触れること、どちらが効果的なのでしょうか。
宮崎:結論から言うと、その人が「好きなほうをする」といいです。例えば、ラベンダーの香りには一般的に鎮静効果があるといわれていますが、ラベンダーの香りが嫌いな人にはストレスですし、香りの強さも行き過ぎるとストレスでしょう。木材でも、ヒノキの香りや手触りが好きな人が多いので、全体の平均では、生体のストレス反応が下がるという結果は得られますが、個人に及ぼす効果は一律ではありません。どの刺激が自分にとって快適か、自分にあうものを試していくと良いですね。

活性化と鎮静化の波について解説する宮崎氏
宮崎:一般的に、「脳は活動していたほうが良い」と一つの方向でいわれがちですが、もともと生体反応は波のように活性化と鎮静化を行き来しているので、良いも悪いもないのです。ただ、人工環境下における日常生活では、そのベースラインが、活性化方向に上がってきてしまっているため、ベースラインを下げて、鎮静化させたほうが人の体としての「あるべき状態」に近づきます。脳も休ませて、本来の適正な状態に近づけたほうが良いのです。
木材セラピーで、環境観点だけでなく、人との相互作用に注目
━━森林セラピーだけでなく、木材セラピーの研究もされていますね。サステナビリティのPeople&Planetでいうと、世界中で木造建築が注目されているのは、主に地球環境への影響(Planet)の観点で、組み立てやすく軽く、再利用がしやすいからですが、人(People)を対象にした観点では、木材のどのような点が注目されるのでしょうか。

「木材セラピー 木のやさしさを科学する」(編著:宮崎良文・池井晴美)
宮崎:木材セラピーについては1992年に木の香りを使った脈拍数と血圧の計測実験を行い、世界初の論文を出しました。木材セラピーは、人と木材の間の相互作用を明らかにして、木材が人にもたらす生理的リラックス効果を明らかにしようとする研究分野です。
━━そもそも、多くの人が森林や木材に触れることでリラックスするのはなぜなのでしょうか。

池井晴美氏
池井:産業革命以降の約300年間、多くの人は人工的な環境で過ごし、さらに直近40年ほどは急速な情報技術の発展の中で過ごしています。しかしその前の600万〜700万年前、人は自然環境の中で生活してきました。もちろん、心地よいだけでなく、生存には厳しい自然環境も含めてです。比率にすると、産業革命以後の年数はたった0.004%で、人は99.99%以上を自然の中で生活してました。身体が自然環境に対応するよう作られているため、現在の環境は生活しているだけでストレスが大きく、休んでも本来の適正な状態には戻りにくい状態にあるのではないかと考えています。
人と自然がシンクロしたときの快適さ


内外装に木材を多用した木材会館(新木場)
━━木材セラピーの研究は、日本だけでなく、世界中で進んでいるのでしょうか。日本がリードしている理由はありますか。
宮崎:まだ研究者が少ない領域ですので、日本が最先端といえるでしょう。今は、中国や韓国、米国やヨーロッパの研究者の論文も増えていますが、2015年までは木材セラピーの生理反応を見る研究は日本以外では進んでおらず、データはまったくありませんでした。2018年時点でも論文の約6割が日本からの報告でした。その理由は、医学と農学の両方のバックグラウンドを持った研究者がいないからです。私の場合はとても幸運でした。日本でも世界でも、「研究」は縦割りで、人の研究は医学、木の研究は木材学、森林の研究は森林学など別の分野になるので、「木が人に及ぼしている影響」を見ることがなかった。どの国でも、共同研究の相手として、医学部のハードルが高すぎますから。
ただ、もし日本の特性が影響しているとしたら、自然観の違いはあるかもしれません。フラワーアレンジメントと生け花の違いでいうと、西洋では人と自然が対峙(たいじ)し、人が一段高い存在にあると考えられているので、自然は対象物となり、評価も分析的になります。一方、生け花は、人と生けた植物が対等の関係にあり、生けたお花に礼をするなど、人と花が一体化するという感覚の下に成り立っています。私は「快適とは、人と環境間のリズムがシンクロナイズした状態、一体化した状態である」と定義しています。
━━快適性を「シンクロ」と定義するのはとても面白いですね。
宮崎:私たちはもともと自然が好きだから、自然と人の相互作用を研究していますが、アニマルセラピーや周囲にいる人を環境と見たときの人と人の相互作用の研究も面白いでしょうね。
学生時代に野球部のキャプテンをしていましたが、チームがシンクロしているときは勝てるし、ぎすぎすしているときは勝てませんでした。同様に、自然の中にいるときに、自然とシンクロしていると感じるときは、快適です。今後の研究課題となりますが、パフォーマンスの向上も期待されます。オンラインで、どこまでシンクロできるのか、VRにも注目しています。
━━人と人のシンクロは、心理的安全性として注目されていますが、木材のテーブルを手で触ったり、木の床に足で触れたり、木の香りをかぐなど、木と人とのシンクロがストレスを軽減するということも、データで示されると納得感があります。
宮崎:植物好きで、学校の成績はビリだった私が、この研究を40年以上続けられるという幸運に恵まれました。木材や森林とのシンクロが、生理的リラックス効果や免疫改善効果を生み、やがて予防医療につながっていくことを明らかにし、役に立つ研究になることを目指しています。
「能動的快適性」について、科学的エビデンスを世界発信する
━━個人差のある感覚を、客観的にデータにすることの困難はどんなところにありますか。
宮崎:快適性の研究には昔から、暑い・寒いといった「受動的快適性」に注目した研究はあります。不快を除去して快適性を得られるものは、個人差が小さく、平均値で語れるからデータがとりやすい。しかし、私たちがテーマにしているのは、五感刺激によって得られる+αの快適さ、「能動的快適性」と名付けているものです。こちらは個人差が大きく、主観的なアンケート評価と生体反応が一致するのは6〜7割です。2〜3割くらい、自己認識と身体反応が異なる結果になっています。例えば、「自然に触れてリラックスしている」と言いつつ、自然が好きすぎて、体は反対の覚醒状態になっている場合などもあります。

森林セラピー実験(2015年)
━━森林セラピーや木材セラピーは共感されやすい分、根拠のない主張が出やすい領域になりそうです。信頼性を担保するための科学的なエビデンスや、研究の将来展望について教えてください。
池井:近年は、日常のストレスレベルが高い人に注目した研究を開始しています。リハビリ中の高齢者、脊髄損傷がある方、うつ病やギャンブル依存症の方、発達障害のある方などは、日常のストレス状態が通常より高いと想定されますので、関連施設との共同研究で、ストレス軽減によるQOL向上を目指した研究をしています。そのほかに、アンケートで行動特性などのタイプを聞いておき、タイプによる違いを個人差の観点から研究しています。
宮崎:私たちには「実学として役立つ」というこだわりがありますが、それとの両輪で、「科学的エビデンスを世界に発信すること」を大事にしています。立派な研究機関で実験して成果をまとめても、論文として審査されていない場合、それは単なる報告書で、科学的エビデンスとは言えません。学会発表やプレスリリースも、審査がされないので、データの信頼性が担保されないのです。私たちは、インパクトファクター値*が高い科学誌に英語論文を掲載し、書籍においても、掲載されたインパクトファクター論文を引用する形をとっています。
*インパクトファクター:自然科学や社会科学の学術雑誌が各分野内で持つ相対的な影響力の大きさを測る指標。
━━日本の森林浴研究が世界に注目されたのは、実学に役立つ姿勢と、科学誌への英語論文掲載という長年の積み重ねがあってのことなのですね。本日は貴重なお話を、どうもありがとうございました。
プロフィール
宮崎良文(みやざき・よしふみ)
1954年神戸生まれ。東京農工大学修士課程(環境保護学)修了。東京医科歯科大学医学部助教(医学博士号取得)、森林総合研究所生理活性チーム長を経て、千葉大学環境健康フィールド科学センター教授、現在、千葉大学グランドフェロー、千葉大学名誉教授。農林水産大臣賞(「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して、2000年)、日本生理人類学会賞(2006年)を受賞。趣味は、熱帯魚飼育とベランダ園芸。主な著書に、「Waldbaden: The Hiking Therapy」(Weber Verlag AG, スイス, 2022年)、「木材セラピー」(創元社、2022年)、「Shinrin-Yoku(森林浴)」(Hachette,英国/創元社,日本ほか、2018年)、「森林浴はなぜ体にいいか」(文藝春秋、2003年)など。
池井晴美(いけい・はるみ)
1990年長野県生まれ。2018年千葉大学大学院園芸学研究科緑地環境学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。2015〜2018年国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所木材研究部門構造利用研究領域テニュア・トラック型任期付研究員、2018~2019年研究員を経て、現在、千葉大学環境健康フィールド科学センター自然セラピープロジェクト特任助教。日本木材学会奨励賞(2019年)、日本農学進歩賞(2021年)受賞。著書に「木材セラピー」(創元社、2022年)、「木と人のサイエンス」(日刊木材新聞社、2022年)。趣味は、娘との自然散策。