Interview:SDGs 私のアプローチ16
SDGs達成のためにアートができることは?東京藝術大学が取り組むSDGs
~アーティスト 日比野克彦氏

日比野克彦氏
アーティスト、東京藝術大学長
1984年、東京藝術大学大学院修了。日本グラフィック展大賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞歴多数。ヴェネチア・ビエンナーレ出品。現在は、岐阜県美術館長、熊本市現代美術館長などを務め、2022年4月、東京藝術大学長に就任した。
さまざまなジャンルで活躍されている方々に、広くSDGsにどう取り組んだらいいか、ヒントを聞くインタビュー企画。
今回は、2022年4月に東京藝術大学の学長に就任した、日比野克彦さんにインタビューしました。東京藝術大学は、2021年6月にSDGs推進室を設立し、2022年2月には「SDGsビジョン」を宣言するなど、SDGs達成に向けた取り組みが加速しています。SDGsビジョンを宣言した経緯や、現在の取り組み、日比野さんが考える「社会における芸術の役割」について伺いました。
東京藝術大学「SDGsビジョン」とは……

SDGsとの関わり方を模索してきた東京藝術大学では、2022年2月に、取り組みの指針となる「SDGsビジョン」を発表しました。「藝術は、ずっと前からSDGs。」というメッセージから始まり、「SDGsが掲げる社会変革に貢献する」「社会との結びつきを強化する」「持続可能な大学を目指す」「藝術と社会の架け橋となる人材を育成する」という四つのテーマを掲げています(詳しくは、こちら)。
芸術が社会課題に対して機能することを伝えるための「SDGs×ARTs展」
――まずは、東京藝術大学が、2022年2月に「SDGsビジョン」を発表した背景を教えてください。
大きなきっかけは、2021年の夏に藝大で「SDGs×ARTs展 十七の的(まと)の素(もと)には芸術がある。」と題した展覧会を開催したことでした。そもそも、SDGsの17の目標の中には「芸術」という言葉は一言も入っておらず、多くの人はSDGsと芸術は無関係だと考えていると思います。この現状に対して、「芸術はさまざまな社会課題に対して機能する」ということを学内外に伝えるのが狙いでした。
芸術活動とSDGsを結び付けた企画を学内で公募し、その中から選ばれた22の取り組みを展示しました。

(右上)過疎化により使われなくなった施設や空き家の増えている問題に対し、問題意識の共有と地方の可能性を提案した「恩田プールで間を探す。」。(左下)急激に変化するアフリカをさまざまな方法で観察・記録した「The World Learning from Africa」。(右下)豊穣な身体性と話芸が織りなす日本の伝統芸能から今日ダイバーシティを考える「よりみち藝大座 〜日本の伝統芸能から考えるダイバーシティ〜」。
展示された企画の一つに、美術教育研究室・工芸科染織研究室と青森県が連携して取り組む「あおもりJOMON GYOMO プロジェクト」があります。2020年から取り組んでいるこのプロジェクトでは、三内丸山遺跡がある青森県の小・中・高校を中心に、縄文時代に使われていたであろう植物繊維を素材とした“漁網”をつくる授業などを行っています。
授業にはものづくりを教える側面ももちろんありますが、当時の漁労に想いを馳せながら道具をつくることは、その地域の歴史や生活文化を学ぶことでもあります。さらに言えば、自分たちの郷土を知ることで土地や自然を守ろうという意識が芽生えたり、共同でものづくりをする中で一人一人を尊重する考えも生まれたりする。これはSDGsにもつながることですよね。さらに、それぞれの展示に、SDGsの17のゴールに結びつくようなキーワードも添えることで、芸術活動とSDGsとのつながりをより意識的に見せるための工夫も行いました。

「あおもりJOMON GYOMO プロジェクト」の展示。
この展覧会は、参加した学生や教員たちにとっても、自分たちが取り組む芸術活動がSDGsとどう結びつくのか、社会とどうつながるのかを意識的に考えるきっかけになりました。そして、社会との結びつきを意識することで、作品を受け取った人の行動を変えるためにはどのような見せ方をすればよいのか、試行錯誤しました。展覧会では、芸術活動とSDGsを結び付けた作品を展示し、それを見た人たちがSDGs達成につながるアクションを起こす。そんなきっかけにもできれば、と考えていました。結果的に、展覧会に対するさまざまな反響をいただけたこともあって、今後も藝大で継続的にSDGsを推進していこうと「SDGsビジョン」を発表することになりました。
――展覧会の反響で印象的だったものはありますか?
展示する作品を決めるにあたって、SDGsの専門家の方々にご協力いただきました。最初は皆さん、「SDGsと芸術がどうつながるの?」と半信半疑だったのですが、実際に集まった作品を見て、「なるほど」と納得してもらえたことは印象的でした。それでもいまだに、芸術は限られた狭い世界でしか機能していないのが現状で、そうさせた責任は芸術に携わってきた私たちにあると感じています。
そもそも芸術は、「術」という漢字が使われていることもあって、“技術”や“スキル”のイメージが強いですよね。そのため私は、「芸術」ではなく「アート」という言葉をよく使っているのですが、本来アートには、人間の内面に衝動や感動など「心の揺らぎ」を引き起こす力があると考えています。心の揺らぎを引き起こすのは、美術館にある絵や、ホールで聴く音楽だけではありません。自然、食、スポーツ、人とのコミュニケーションなどにも心を動かされる瞬間があって、それらもアートだと考えることができると思います。これまでの固定観念に縛られず、アートはもっと人間の根本的な力を引き出すものであるということを、これからも社会に発信していかなければなりません。そして、アートが社会の中で力を発揮し、機能していくための大きなきっかけの一つが、SDGsだと考えています。
異なる価値観を当たり前だと考えるアーティストだからこそ、できることがある
――東京藝大がSDGsを推進していくことについて、学生たちはどのように考えているのでしょうか?
それは私自身にもまだわかりません。しかし、「賛成」「反対」「わからない」など、さまざまな反応があることは予測できますし、それが正常だと思っています。そもそも、SDGs一辺倒になることが正しいとも考えていません。ただ、今の学生たちは、教育やメディアの影響もあって人権問題や環境問題に対する意識が高いし、さまざまな情報を瞬時に手に入れることができます。そのため、自分の育ってきた環境や日常の中からテーマを見いだして芸術活動をする中で、自然とSDGsに取り組んでいるということはあると思います。
しかし、そもそも藝大の一番の魅力は、自分とは違う価値観を持った人にたくさん出会えること。「全員で同じ目標に向かって頑張ろう!」とはならず、みんながバラバラであることが、藝大のスタイルだと思っています。
――日比野さんが監修し、東京藝大の学生たちも参加するアートプロジェクト「TURN」についても教えてください。
2015年からスタートした「TURN」は、障がいの有無、世代、性、国籍など、異なる背景を持つ多様な人たちが交流することで表現を生み出す、アートプロジェクトです。そもそも人間は、男性か女性か、障がいがあるかないかなどで、単純に二分することはできません。もっとグラデーションのある世界の中で、一人一人の個性や違いがまざり合っているのだと思います。
プロジェクトでは、アーティストたちが福祉施設などを訪れて交流する取り組みなどを行っていますが、私は福祉施設と文化施設もグラデーションのようになっていて、どちらも「自分とは異なる価値観と出合える場所」という共通点があると考えています。
アーティストはもともと、どこかに属することを嫌う人が多く、「自分は自分」「あなたはあなた」という意識を当たり前のように持っています。そして「違うことが当たり前」の世界で、少しでも自分らしさを出そうとするところがあるんです。だから、自分とは違うものさしを持った人や、その人の表現方法にとても興味を持っています。そして、アートの世界では、例えば、子どもが描いた絵と人間国宝が描いた絵をどちらが上手・下手と考えるのではなく、それぞれの絵にいいところがある、と考えます。同じように、アーティストたちが福祉施設に行くと、世間とは違う見方で「この人はこんな面白いところがある」と、その人の面白さを発見することができるんです。

アーティストの五十嵐靖晃さん(東京藝大美術学部先端芸術表現科一期生、同大学院修士課程修了(http://igayasu.com))によるレクチャーとワークショップ。TURNでの活動において、糸玉をつかったアートを多様な人と人をつなげるものとして考えている。藝大 履修証明プログラム「Diversity on the Arts Project(通称:DOOR)」の受講生に向けて行われた。
しかし当然、福祉施設側もアーティストを誰でも受け入れてくれるわけではありません。足を踏み入れていくためには、それなりの知識や作法が必要です。そこで、5年ほど前から始めたのが、「アート×福祉」をテーマに「多様な人々が共生できる社会」を支える人材を育成するプロジェクト「DOOR」です。藝大で開講しているこのプロジェクトは、藝大生だけでなく、社会人も受講することができます。現在、このプロジェクトを受講した人たちが、アーティストとして福祉施設を訪れたり、受け入れる側として支援をしたりして、さまざまな形で活動が広まってきているところです。
世界中の芸術大学や企業とともに、社会に対してできることを実践していく
――日比野さんの今後の目標を教えてください。
今後も社会の中でアートの役割を見いだし、発信していきたいと考えています。そして、その活動は藝大だけでなく、さまざまな大学や企業と連携しながら取り組んでいくつもりです。
その一つとして、藝大では今年から、ヨーロッパやアジアの芸術大学が共同で社会問題などさまざまなテーマに国や地域、文化・歴史的背景の差異を超えて取り組む「Shared Campus」 という国際的な教育形態と研究ネットワークのための協力プラットフォームに加わりました。現在、いくつかの機関では、アートが「社会的な課題に対してどう取り組んでいくべきか」を模索しています。これからは、世界中にあるアートの専門機関とそれぞれの国のステークホルダーである企業が一つになっていくことが必要です。世界中の芸術大学が、世界中の企業とともに、世界中で抱えている課題に対して取り組んでいく。アートにはそれができるだけの力がある、と考えています。
●藝大とSDGsについて、下記もぜひご覧ください
日比野克彦学長のインタビューは、ウェブ電通報にも掲載されています。SDGs達成や社会課題の解決のために「芸術」ができることについて、こちらの記事では語られなかったお話も。ぜひ併せてご一読ください。