2020.08.13
インタビュー


自分の強み「ファッション」からSDGsに向き合う
~「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」代表 マリエさん

Interview:SDGs 私のアプローチ 07
~「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」代表 マリエさん

 

マリエ氏

モデル・タレント・アパレルブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」デザイナー。

10歳からモデル活動を始め、タレントとしても活躍。
2011年、アメリカの名門校パーソンズ美術大学に留学し、ファッションについて学ぶ。
2017年、自身のブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS」を立ち上げた。
現在は、モデル・タレント活動を続けながら、
ファッション、エシカル、サステナブルについての情報発信を精力的に行っている。

2020年から環境省森里川海アンバサダーに就任。

 


 

さまざまなジャンルで活躍されている方々に、
広くSDGsにどう取り組んだらいいかというヒントを聞くインタビュー企画。

今回は、モデル・タレントのマリエさんに話を伺いました。

ミッションスクールで過ごした幼少期、ニューヨークへの留学、
そして、エシカルを意識したファッションブランド
「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」の立ち上げなど、

葛藤や困難を経てたどり着いた“サステナブルな生き方”について紹介します。

 

ニューヨークへの留学は「自分を取り戻す時間」だった

 

 

マリエさんが2017年に立ち上げた「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル マリエ デマレ)」は、
素材や生産過程にこだわったエシカルなアイテムを製造・販売するブランドです。
どういったことがきっかけで“エシカル”を意識されるようになったのでしょうか?
以前から、社会貢献や持続可能性などのテーマに興味があったのですか?

 

決して昔から強く意識していたとか、ものすごく関心が高かったというわけではないのですが…。
チャリテイーやボランティアなどの活動が盛んな小学校に通っていたからでしょうか。
貧困や難民について知る機会も多く、いつもどこかで“世界の事情”のようなものを感じていました。

 

社会課題に対する意識が一気に高まったのが、2011年、アメリカに留学したときのこと。
ちょうどニューヨークで、おしゃれの一環として
エシカルやサステナブルをテーマにした活動が流行していた時期でした。

 

中でも印象に残っているのが、友達に誘われて訪れたブルックリンのレストランです。
近所のレストラン数軒と協力し、一緒にファームを借りて牛を飼って、
牛の全部位を分け合って使い切るという取り組みを行っていました。

さらに、余った牛の革や骨でアクセサリーを作り、レストランの2階で販売していて、
「こんなクリエイティブなやり方で無駄をなくしているのか!」と衝撃を受けたことを覚えています。

 

当時のニューヨークでは、このような面白い活動が、
アートやファッションなどと絡み合いながら、毎日いろいろなところで起こっていました。

たまたまムーブメントのど真ん中で過ごすことができ、大きな影響を受けたと感じています。

 

留学当初、体調を崩されていたとお聞きしました。留学されたことで、身体にもなにか変化はありましたか?

 

はい。それはもう、大きく変わりました。
私が留学した時期は、ちょうどオバマ大統領の医療改革がスタートした頃で、

身近で医療に関する議論や改革が巻き起こっていたこともあり、
自分の身体やメンタルに意識が向くようになりました。

 

それまでは1日30粒ぐらいの処方薬を飲んで暮らしていたのですが、
4年かけて薬をやめることに取り組んでいきました。

生活を見直したり、オーガニックなものを取り入れたり、
自分が本当にやりたいと思うことを見つめ直したり、人に会って話を聞いたり。

私の留学は、自分というものを取り戻したり再発見していく時間でもあったのです。

 

アナ・スイと出会い、いろいろなことに飛び込むことの大切さに気が付いた

 

マリエさんがアメリカに留学されたのは、23歳のときのことですよね。
モデルとして評価され、タレントとしても成功し、日本で華々しく活躍されていたと記憶しています。
そんなときに、なぜ突然、留学を決意されたのでしょうか?

 

「自分に正直に生きないと、大切なものを失ってしまう」と思ったからです。
若いときは、有名になって雑誌やテレビに出て評価されれば成功なんだ、
きっとそれが幸せなんだと思い続け、ただがむしゃらに頑張ってきました。

ところが、いざ理想に近いポジションに立ってみると、全然幸せじゃないということに気が付いて。
自分がやりたいと思っていたこと、好きだと感じていたことが、まったくできていないということに気付きました。

 

それで、昔から大好きだったファッションについて本気で勉強したいと考え、
思い切って昔から憧れだったニューヨークのパーソンズ美術大学に入学したんです。

 

留学中は朝晩みっちり勉強し、通常は2年かかって終えるプログラムを1年で修了しました。
その後は、教授のアシスタントとして働き、
とにかくたくさんのことを見て、知って、人と出会う日々を送っていました。

 

留学中の出会いで印象的だったことは?刺激を受けた人や言葉があれば教えてください。

 

今でも忘れられないのが、ファッションデザイナーのアナ・スイさんとの出会いです。

 

ニューヨークに飛び込んではみたものの右も左も分からず、
一人でポツンと「これからの人生、どうしたらいいんだろう…」と考えていたとき、
たまたまお話しする機会に恵まれました。
「あなた、ニューヨークにどのぐらいいるつもりなの?」と聞かれ、
「分からない」と答えたら、「ほんどの人がそうよ」って。

「いつまでいるのか分からないなら、この時間を大切にしなさい」
「ニューヨークは、良いものと悪いものの“ナンバーワン”が共存する街。

とにかくここで、良いものも悪いものも全部見ていきなさい」と言われました。

 

良いもの悪いものを無数に見続けると、
段々、自分はなにが好きでなにが嫌いなのか分かるようになってくる。

なにに興味があって、なにが合わないかが分かるようになってくるんですよね。
アナ・スイさんから「自分で良し悪しをジャッジできる人間になることが大切だ」ということを教わって、
以来、積極的にいろいろなところに顔を出すようになりました。

 

音楽を聴いたり、ギャラリーに行ったり、
先ほどお話ししたようなユニークなレストランに行ってみたり、ファッション関連の工場や農場に出向いたり…。

 

そうこうしているうちに、
「私は、大好きなファッションを通じて、特に若い子に向けて、正しい情報を発信していきたいのだ」と気付くことができました。

アイデア、インスピレーション、行動力、すべての源は人との出会い。
いろいろな人に出会って、たくさんのものを見聞きしてきたからこそ、今の自分があるのだと思っています。

 

「ファッションで正しい情報を届けたい」、マリエ流のサステナブルとは

 

 

ただ「ファッションについて発信したい」とか「ブランドを展開したい」とかでなく、
「ファッションを通じて、正しい情報を伝えたい」と考えていらっしゃるところが、マリエさんならではと感じました。
なぜ、“正しさ”というところに着目されたのでしょうか?

 

私が正しい情報にこだわるのは、「若いときに正しい情報を発信できなかった」
という後悔のようなものがあるからです。

 

「マリエちゃんみたいになりたい」「マリエちゃんの着ているものや食べているものをマネしたい」、
そう言ってくれるファンの子たちに対して、
自分が納得する商品や良いと思うものを勧めることができなかった。
それは私が未熟だったからだと思うのですが…。
留学して、さまざまなものを見聞きし、勉強するうちに、「ファンの子にうそはつきたくない」
「彼女や彼らに未来の選択肢を提示したい」という思いがどんどん強くなっていきました。

 

私がブランドを立ち上げた理由は、決して、彼女や彼らをおしゃれにしてあげたいとかではなくて。
自分が大人になって得た知識だったり、リベラルな考え方だったり、
健やかな暮らしだったり、精神的な安定だったり、

そういうことを自分の好きなことに乗せて提供したいと思ったからなんです。
それが、私を応援してくれる皆さんへの恩返しになると信じています。

 

具体的には、どのような活動をされているのですか?
「PASCAL MARIE DESMARAIS」の特長や現在の取り組みについてお聞かせください。

 

無駄な包装を排除する、オーガニックな素材を使う、
信頼できる工場とだけ取引をするなどのポイントを強く意識してブランド運営を行っています。

 

私、子どもの頃から過剰包装が大嫌いで。
よく母に向かって「ガムの包みはなんであんなに何重にもなってるの?超無駄じゃん!」って怒ってたんですよね(笑)

今も服などのファッションアイテムが何十万枚売れたみたいなニュースを聞くと、
「その背後で、何十万枚のパッケージやタグ、レジ袋が捨てられたということか…」とゾッとするんです。

 

展示会の豪華なインビテーションも無駄ですね。
さまざまな加工が施されたプラスチックやきらびやかな箱などで送られてくるのですが、
結局、予定が合わなかったら行かないわけで。

できるだけシンプルにしたいし、どうしても作らなければならないのであれば
なにかしら世界に貢献するような形を取りたいなと考えています。

 

例えば、難民キャンプの子にフィーをお支払いしてインビテーションのデザインしてもらったり、
そのときに使ってもらう言語を“英語”と指定して、文字の学習につなげてもらったり。

 

ヨルダンの難民キャンプで暮らすシリアの子どもたちが書いた展示会のインビテーション。

 

素材にこだわっているのも、ただオーガニックのものは肌に良さそうだよねということではありません。
実際にコットンの農場の現場では、バーッと農薬が散布されている、
その下で、子どもたちが綿花を手摘みしている。

子どもの未来、健康、児童労働、さまざまな問題を感じ、
強い意志を持ってオーガニックコットンを選ぶようになりました。

 

また、取引先がどのような会社かも気にかけています。
私たちがお客さまから頂いたお金が、福利厚生の整っていないような会社や
労働環境の悪い会社、愛のない会社に入ってしまい、

間接的に良くない社会に加担するようなことになってしまっては元も子もありませんから。
取引先のオフィスだけでなく、工場、農家まで行き、じっくり話を伺って、
互いに信頼できると感じたところだけと取引ができるよう心がけています。

「商品だけでなくその周辺にあるすべてのことを考えなければいけない」。
そう肝に銘じながら、毎回ものづくりに向き合っています。

 

サステナブルな思考とは、現代のパンクである!

 

迷いと挑戦を経て、新しいステージに立たれているマリエさん。
最後に、若い人たちへのメッセージをお願いします。

 

若い子たちには、ぜひとも「芯の通ったかっこよさ」を見つけてほしいです。
よく「どうやって見つければいいんですか?」と聞かれるんですが、
私は、「どうやって見つければいいか分からない」と思ったら、それがもうゴールだと思っていて。
問題にたどり着いたら、もう、すぐ先に答えがあるんです。

「なんかおかしい」「なんでだろう」「どうしたらいいのかな」、
そういう疑問にたどり着いたら、あとはもう行動あるのみ。

アナ・スイさんの言葉のように、良し悪し関係なく自分の目でさまざまなものを見ていくことをお勧めします。

 

それから、SDGsとかエシカルを、難しく考えないでほしい。
毎朝ヨガをしてスムージーを飲んで意識高く暮らさなきゃいけない、
みたいなことじゃなく、もっと気楽にカジュアルに考えてほしいなと思います。

 

私、サステナブルな思考って、現代のパンクだと思っているんですよね。
ビートルズやカート・コバーン、忌野清志郎さんといったミュージシャンたちが、
世の中の理不尽や不条理と抗いながら歌でメッセージを届けていたように…。

世の中の当たり前に「ちょっと待った!」をかけること、社会の誤りに声を上げること、
これらは一種の反抗のようなものだと思っていて。

いつも若い子たちに、「真面目になるな、かっこよくいこうぜ!」
「かっこよく生きることに真面目になれ!」と話しています。

 

その上で、一人一人が「持続可能な社会ってなんだろう」っていうことを考える。
「ごみを分別しましょう」とか「エコバッグを持ちましょう」とか、
そういった手段に注目するのではなく、目的を見て、

思考そのものをサステナブルに変えていくことが必要だと思います。

 


マリエさんのインタビューはウェブ電通報にも掲載されています。ご自身がアパレルブランドの経営者という立場から、
SDGsに対して企業ができる取り組みや意識すべき点など、こちらの記事では触れられなかったメッセージも。ぜひ併せてご一読ください。
https://dentsu-ho.com/articles/7451

 

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